2025-11-10
“良いデザイン”は、子どもの未来を思うことから【キッズデザイン賞審査員長インタビュー】
ランドセルや文房具など、子どもの身の回りのものを選ぶとき。ご家族や保護者の方々は「使いやすいかな」「安全かな」と、子どもの日々の姿を思い浮かべながら手に取っています。そうした小さな選択の一つひとつには、「少しでも良い環境で育ってほしい」という願いが込められているはず。では、その願いを形にする“子どものための良いデザイン”とは、どのようなものなのでしょうか。
今回は、子どもと子育てに関わるすべての製品・サービス・空間・研究などを対象とする顕彰制度「キッズデザイン賞」で長年審査委員長を務める益田文和さんに、「デザイン」というテーマを通して見えてくる、子どもへの向き合い方についてお話を伺いました。
子どもにとっての良いデザインとは
デザインという言葉を聞くと、多くの方は「かたち」や「色」といった目に見える部分を思い浮かべるかもしれません。でも実は、デザインにはもっと深く広い意味があります。
古い英語の辞書には、デザインの例文として「彼女は学校を休むために、一番良い言い訳をデザインした」というものがあったそうです。ちょっと面白い例ですが(笑)、私はこの文がデザインの本質をよく表していると思っています。つまりデザインとは、「自分の考えや思いを、周りの人にどう伝えるか」「相手を傷つけずに納得してもらうにはどう工夫するか」という、伝え方の力でもあるのです。目に見えるかたちは、その結果として生まれてきます。
この視点は、“子どものための良いデザイン”にもそのまま当てはまります。デザインとは決して「かわいい」「目立つ」といった表面的な印象だけを指すのではありません。子どもが今を安心して生き、未来に向かってのびのびと成長できるように――そんな願いをどうかたちにして伝えていくか。そのための工夫や仕組みこそが、良いデザインの本質なのです。
だからこそ、「何をつくるか」だけではなく、「私たち大人が子どもという存在をどう捉えているか」が、とても大切になります。大人の視点や価値観が、そのままデザインの質に反映されるからです。
子どもを子ども扱いしない

そこで私はいつも、保護者やご家族をはじめ、子どもに関わるすべての方に、「子どもを子ども扱いしないことの大切さ」をお伝えしています。
子どもは、大人が想像している以上に、まわりの様子をよく見ています。家庭での会話、近所の人とのやりとり、SNSに流れる言葉、さらには表情や声のトーンまで、とても敏感に感じ取っています。
そのため、大人の言葉と行動が食い違っていると、子どもはすぐに気づきます。「口ではこう言っているけれど、思っていることは違うのかもしれない」と感じた瞬間、信頼は揺らいでしまうのです。
反対に、たとえまだ小さな子どもであっても、一人の人として向き合い、きちんと話を聞き、その意見を尊重する。そうした関わりの積み重ねが、「自分は認められている」「大切にされている」という実感を育てます。そしてその実感こそが、子どもの心の根っことなっていきます。
「子どもだからわからないだろう」ではなく、「子どもだからこそ、まっすぐに受け取る」。この視点に立つことが、信頼関係の土台をつくり、子どもが自分らしく伸びていく第一歩になるのです。
大人が、子どものためにある
もうひとつ、大切にしていただきたい視点があります。それは「子どもが大人のために存在しているのではなく、大人こそが子どものために存在している」ということです。最近の親子の姿を見ていると、子ども自身の思いや興味よりも、大人の都合や興味、期待に合わせて“やらせている”場面が増えているように感じてしまうことがあります。
少し、ご自身が子どもだったころのことを思い出してみてください。どんなことをしてもらうと嬉しかったか、どんな言葉に励まされたか。そうした記憶をたどることは、今の子どもたちの気持ちを理解するための大切な手がかりになります。
子どもは大人のためにいるのではなく、大人が子どものためにある。その視点を取り戻すことで、子どもがのびのびと成長する方向へと変わっていくはずです。
そしてそうした環境をひとつひとつ増やしていくことこそ、社会全体を子どもの視点でデザインしていくことにつながっていくのです。
取材後記

今回編集部がお話を伺ったのは、2025年第19回キッズデザイン賞の表彰式・シンポジウムの会場でした。BoTトークは同年、光栄にも「子どもたちの安全・安心に貢献するデザイン部門」で経済産業大臣賞を受賞し、審査員長の益田さんからご好評をいただきました。
今回BoTトークを評価する中で、特に心を惹かれたのは、その“小ささ”と“シンプルさ”です。ハイテクな精密機器のように性能を誇示するのではなく、むしろ存在を消し、できる限り見えなくなることを目指している。その自己主張のなさこそが、大きな魅力だと感じました。
本来であれば、こうしたものすら必要としない社会を実現することが究極の理想です。しかし現実には、交通事故や事件など、子どもを取り巻く環境にはさまざまなリスクが存在します。だからこそ今、BoTトークのようなツールが求められているのです。
また、子ども用として開発された製品ではありますが、高齢者が身につけても安心できるという普遍性を備えており、今後の新たな商品開発にも大いに期待しています。
私たちが子どもを見守る上で何よりも大切にしてきた「機能性」と「シンプルさ」を評価いただけたことを、大変うれしく思います。
頂戴したお言葉を励みに、これからも、子どもたちの声やご家族のご意見に耳を傾けながら、一人ひとりの安心を見守ることに加え、社会全体で子どもを支える仕組みづくりにも取り組んでまいります。そして、すべての子どもが安心して成長できることを“当たり前”と感じられる社会を、皆さまとともにデザインし、未来へとつないでいければと願っています。
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